若返りと老化の科学 連載1 世界的に注目される「長寿遺伝子」と転写因子
2015/02/18
カテゴリーダイエットコラム
若返りは可能なのか? サーチュイン遺伝子の発見
人間はなぜ老化するのか? それを防いだり、若返ったりする方法はあるのか? ということは、はるか太古から、永遠のテーマであったといえるでしょう。中国では、歴代皇帝が不老長寿の薬を追い求め続けました。現代では、老化を科学する研究が盛んになっています。
現代の科学は、その老化のメカニズムを解き明かしつつあります。そして、老化を科学している研究のホットな話題の一つは、は、長寿遺伝子に関するものでしょう。2000年にマサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ博士がサーチュイン(Sirtuin)遺伝子を最初は酵母から発見し、続いて地球上に生息するほとんどの生物が持っていることを発見しました。
サーチュイン遺伝子は、実際には、1つの遺伝子ではなく、Sir1からSir7まで発見されており、サーチュイン・ファミリーとも呼ばれ、長寿遺伝子とも呼ばれています。学術的なことばではないですが、「若返り遺伝子」という表現を好む人もいます。
これらの遺伝子からつくられるサーチュイン酵素は、次々に連鎖反応を引き起こします。最終的には100以上もの方法で老化を抑制し、さまざまな病変を修復させることが分かっています。その中には、ミトコンドリアの修復や、免疫細胞の調整、動脈硬化の抑制なども含まれます。
そして、このサーチュイン遺伝子は、殆どの人では通常OFFの状態になっており、カロリーを70~80%カットしつつも、必要な栄養素が満たされた食事を続けることでONになることも分かってきました。
ウィスコンシン大学では、地下で80匹ものアカゲザルを20年間も飼育して実験が行われました。普通の量のえさを与えたサルと、カロリー制限を行ったサルの比較したのです。
その結果、普通のえさを与えたサルは、毛が抜け落ち、しわができ、動きも鈍く、明らかな老化が見られたのに対して、カロリー制限されたサルは、毛がふさふさし、しわもなく、動きの機敏で若々しいままでした。この実験結果は、サイエンス誌にも掲載され、テレビ番組などでも紹介されたので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。
京都大学の研究グループは、サーチュイン遺伝子とは別にレブ(Rheb)遺伝子を発見しています。こちらの方は、断続的な断食によってONになることが分かっています。
これらの研究以前から断食で若返りや長寿化が起こるという実験が知られていました。さまざまな動物実験では、皮膚や毛並みが若返り、大幅な寿命の延び(例えばラットで1.4倍)が見られたといいます。また、九州大学の研究では、マウスに2週間ごとに4日間断食をさせたら、寿命が2~3倍に伸びたといいます。
これらの研究は、大いなる希望をもたらすものでした。これまでは1956年にハマーマン博士が唱えたフリーラジカル老化説が老化現象を説明するうえで最も有力視されてきました。
この考え方によると、老化はフリーラジカルが引き起こす酸化のダメージが累積した結果として起こると考えられて来ました。この学説によるとフリーラジカルをできるだけ減少させたり、抗酸化物質によって抑制するなどして老化を遅らせることは出来ると考えられます。しかし、大幅にそれを遅らせたり、若返らせるといったことは不可能だと思われてきたからです。
人間には、若返る能力が潜在的に備わっているとなると、根本的に考え方が変わってくることになります。それは、ダメージと回復力のバランスの問題ということになるからです。もしダメージを減らして、回復力を増すことができるのなら若返ることさえ可能なのです。 サルやラットの事例だけではなく、人間の事例もあります。アメリカでは、20代から30%のカロリー制限をしている人たちがいます。その人たちの血管年齢は、実年齢よりも30歳も若かったそうです。
では、人間で例えば40代になってから、小食や断食などで実際に若返ることが可能か? といったことに皆さんは興味がありますか? 結論的には可能ですし、実例もあります。
例えば、右の写真は、44歳になってから酵素断食という方法で定期的にカロリー制限を行い、少なめのカロリーで血糖値を安定させながら十分な栄養摂取が出来るような食事に改善した結果です。
自然なアンチエイジングの最前線
サーチュイン遺伝子の研究とは別な側面もあります。アンチエイジング医学の中でも、より自然な方法で老化をコントロールする研究をしている科学者達がいます。そのなかで、現在最も成功しているといわれる二人の研究者は、フランスのクロード・ショーシャ博士とアメリカのニコラス・ペリコーン博士です。この二人の理論には、驚くほどの共通性があります。
両博士は、自覚症状なく細胞膜レベルで起こる「炎症」と、グリケーションという現象が老化の大きな促進要因だと述べています。 炎症とフリーラジカルは密接な関係があります。炎症が起こればフリーラジカルが多発し、フリーラジカルが増加すれば炎症が起こるのです。
フリーラジカルとは、不対電子を持った不安定な分子または原子の事で、他の分子や原子と化学反応を起こし酸化させる性質があります。 いわゆる活性酸素とは、密接な関係があります。
活性酸素というのは、ヒドロキシアニオン、スーパーオキサイド、一重項酸素、過酸化水素の4種類の総称で、これらの内、前者の二つがフリーラジカルの定義に当てはまります。後者二つは、フリーラジカルそのものではないですが、ちょっとしたきっかけで、フリーラジカルに変わる性質があります。
化学反応が起こる瞬間には、フリーラジカルが発生するものなので、私たちの身体では、無数のフリーラジカルが発生しています。例えば、取り込んだ栄養素をエネルギーに変換できるのは、酸素がフリーラジカル化することで可能になるのです。 ですからフリーラジカルが発生すること自体は正常なことなので避けることができません。問題は、制御から外れたフリーラジカルが、破壊的な酸化反応を引き起こすことなのです。
私たちの身体の細胞一個当たり平均、一日に約1万個のフリーラジカルに打撃を受けているといわれます。 後に説明しますが、私たちの身体の中には、フリーラジカルの害を防ぐシステムや、フリーラジカルによるダメージから回復するシステムも持っています。それでも、フリーラジカルが多くなるとその害を防ぎきれなくなります。 体内でフリーラジカルが増加すると、それ自体が、細胞膜を傷つけ、必要な物質(栄養素など)の取り込みや、老廃物の排出、情報伝達などを妨げます。また、DNAまで傷つけてしまう事もあります。しかも、問題はそれだけではありません。
DNAレベルで老化を考える
近年では、DNAレベルで何が起こっているのかという視点での研究が急速に進んでいます。そして、DNAのスイッチを入れる働きをするさまざまな「DNA転写因子」というものが注目されています。
そのなかでフリーラジカルが増加すると、DNA転写因子のNF-κB(エヌエフカッパービー、最後から二番目の文字は小さいkにも見えますが、ギリシャ文字のカッパーです)やAP-1といったものが活発に働くようになることが分かっています。
NF-κBは、DNAに働きかけて、炎症性サイトカインを作らせて、炎症の引き金を引きます。またNF-κBが働くと、細胞はアポトーシスしにくくなります。本来DNAが損傷して、それが修復できないとき、細胞はアポトーシスといって、自ら死んでゆくのです。アポトーシスが起こりにくくなる状態が起こると機能が異常になったままの細胞が増えてしまいます。その中からがん細胞が発生し、増殖してゆくのです。これが繰り返し炎症を起こした部位からがんが発生する理由です。
近年、NF-κBは、急激な血糖値の上昇に反応して増加することが分かっています。そして、インスリンレセプターの機能を低下させ、インスリン抵抗性の原因でもあることが分かりました。インスリン抵抗性は、糖尿病の根本原因です。近年の発表では、糖尿病患者ががんを患うリスクは、肝臓がん、膵臓がんでは約2倍という統計が出ています。このNF-κBは炎症性サイトカインを増加させ、さらに活性酸素を増加させるのです。
また、フリーラジカルが増加しAP-1が働くと、コラゲナーゼやエラスターゼの暴走が起こります。コラゲナーゼ、エラスターゼというのは、それぞれ、コラーゲン、エラスチンを分解する酵素です。なぜ、そんな働きをする酵素が存在するかというと、古くなり、変質して機能が低下したコラーゲンやエラスチンを分解して、新しいものと置き換えるためです。ですから、通常は、機能が低下したコラーゲンやエラスチンを選択的に分解しているのですが、AP-1が働く事で、正常なコラーゲンやエラスチンまで分解していってしまうのです。
紫外線は、フリーラジカルを発生させるひとつの大きな要因です。これで紫外線ががんを発生させたり、しわなど皮膚の老化を促進したりする理由が説明できます。紫外線の害というのは、結局はフリーラジカルの害なのです。フリーラジカルは、先述のAP-1も増加させます。さらに、フリーラジカルは、ビタミンCを破壊し、細胞膜にあるビタミンAのレセプター(取り込み口)も破壊します。このため、コラーゲンの合成そのものも低下させてしまいます。このように、フリーラジカルは、何通りもの方法で、老化や様々な疾患を促進します。
つまり、かつてのハマーマン理論で、フリーラジカルによる酸化のダメージの累積が老化の原因と言われていたのは、ある程度その通りなのです。けれども、それだけではなくて老化を促進するDNAというものも存在します。フリーラジカルがそれらをONにすることで老化が促進される側面もあったのです。だから逆に制御できる可能性も見えて来たとも言えます。さらに、若返りを可能にする長寿遺伝子の仕組みも分かってきたのです。
→つづく